クロムメッキ(めっき),三価クロムメッキ,すずコバルト,サテンメッキ,電鋳

株式会社 真工社

ISO

ISO

ISO9001全工場認証取得

 

BUSINESS  営業品目

[樹脂メッキ]
・クロムメッキ
・金メッキ
・ベロアニッケル+クロムメッキ

[電鋳加工]
・ニッケル電鋳

 

NC network

 

HOME»  めっきの歴史

めっきの歴史

めっきとは何か

金属または非金属製品の表面に、金属の薄い皮膜(ひまく)を かぶせる技術を「めっき」と言います。文房具、アクセサリー、腕時計など、 めっき製品は非常に多く、工業製品にはなくてはならない重要な技術です。
現在ではめっきの方法により下記のように分類されます。

 

めっきとは何か

 

めっきとは何か

中でも電気めっきが最も広い用途で用いられています。

   

 

めっきの歴史(1)

めっきは「古くて新しい技術」と呼ばれています。
古くは紀元前1500年頃、すずめっきが行われたとの記録があり、我が国では1400年前、中国から仏教と共にめっき技術が伝わり、奈良の大仏などに金めっきがなされています。
奈良の大仏に用いられためっき手法は、「焼着めっき」あるいは「アマルガム法」という手法です。(当時は「塗金(ときん)」と呼ばれていました)
青銅(銅90%以上・錫10%以下の合金)で鋳造した大仏を、水銀に金を溶解した合金(金アマルガム)で表面を覆い、それを加熱することで水銀が蒸発し、金だけが表面に残ります。
余談ですが、当時は水銀ガスの危険性が知られていなかった為、水銀中毒が大流行しました。
日本で最初の大規模な公害病と言えるでしょう。

 

めっきの歴史

 

めっきの歴史(2)

前述のように焼着めっきは古くから行われていましたが、電気めっきの歴史は比較的新しい技術です。そこで、日本で初めて電気めっきを行ったのは誰でしょう?それは鹿児島藩主島津薩摩守斉彬(なりあきら)公です。安政元年(1854年)に日本最初の軍艦昇平丸を建造し、日の丸の旗をかかげた人として有名ですが、桜島湾頭に西洋流の新工場を建設し、製鉄を始め、いろいろな工業製品を作りました。そして、よろいやかぶとの金具に金、銀の電気めっきをほどこしました。

更に明治10年頃よりオランダなどから西洋の新しいめっき技術が導入され、翻訳、研究され金、銀の電気めっきから、ニッケルめっきと発展しました。

 

日本の電気めっきの創始者 島津斉彬公

日本の電気めっきの創始者
島津斉彬公

 

めっきの語源 ~「めっき」と「メッキ」どちらが正しい?~

めっきという言葉は、英語でなく純粋な日本語です。
漢字では「鍍金」と書きますが、常用漢字に「鍍」の字がないので、現在ではひらがなで「めっき」と書くのが正解。「鍍」は塗り付けるという意味を持つ漢字で、めっき以外の用途で用いる事はありません。(読みは「ト」「ド」又は一文字で「めっき」)
前述のように焼着めっきを「塗金(ときん)」といっていたのですが、いつの時代か「塗金」が「滅金(めっきん)」に変わりました。滅金は金を水銀に溶かすことで、金本来の姿がなくなってしまうので、「滅金(めっきん)」と言われ、この「めっきん」がつまって「めっき」となり、一般に「メッキ」と言われるようになりました。

 

塗金(ときん)
金を塗る

矢印

滅金(めっきん)
金を滅する

矢印

鍍金(めっき)
金を塗り付ける